定期更新中の龍性院だより一覧

  • 正月号2023.01.01

    新年おめでとうございます。気づけば、令和を迎え早5年目を数えます。龍性院檀信徒の皆様方におかれましては、令和5年の新しい年をご家族ご一同様でご無事にお迎えのことと、心よりお慶び申し上げます。また、旧年中に賜りましたご厚情に対しまして、心よりお礼を申し上げます。本年も、當山護持・発展の為一生懸命尽力して参りますので、ご信援を頂きます様、よろしくお願い致します。

    「光陰矢の如し」と言いますが、最近は歳を重ねるごとに、この言葉の持つ意味を噛締める、そんな正月を毎年迎えております。「歳月人を待たず」という言葉もございますが、時間というものは本当に人間の都合とは関係なく、あっという間に過ぎ去っていきます。楽しくても悲しくても、あっという間に過ぎ去ります。だからこそ、“今”という時間を無駄にせず、努めて生きていくことが大切なのです。

    先日、年に数度会う程度の知り合いと会食し、別れ際に『来年もどうぞお変わりなく。』と挨拶を致しました。するとその方は、「いや、来年は今年よりもっと良い一年に変える。」と返答されました。何気なく良かれと思って掛けた挨拶でしたが、その返答に“なるほどな!”と感じ帰路につきました。

    良く考えれば、この世の万物は常に変化していくものです。綺麗に色付いた紅葉も、冬の訪れと共に落葉し、やがて春を迎えれば新たな葉や花を実らせます。日本には四季があり、私たちは季節ごとに変化する自然を目の当たりにし、変わってしまうからこそ、そこに尊さや有難さを感じることが出来るのだと思います。

    中国の無門禅師の詩に、《春に百花あり、秋に月あり、夏に涼風あり、冬に雪あり。若し閑事(かんじ)の心頭に挂(かか)る無くんば、便ち是れ人間の好時節。(無門関)》とあります。春には多くの花が咲き、秋には明月が美しく、夏は暑い中にも涼しい風が吹き、冬は深々と雪が降る。我々はつまらない事に心をかけず、ありのままに物事を見ることが出来れば、いつでも好事節なのです。

    時間は流れ、諸行は無常です。しかし、世の中は無常だからこそ美しく、無常だからこそより良い未来の為に今を大切に努力を重ねるのです。

    昨年、世界では戦争や紛争、災害等多くの災禍に見舞われました。今年は、『お変わりなく』ではなく、「お変わり下さい」と心から願います。

    令和5年が、檀信徒皆様にとって幸多き年となります様、ご祈念申し上げご挨拶と致します。

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  • お盆号2022.12.15

    今年も1年の半分が過ぎ、早くも後半戦、お盆が近づいて参りました。お盆は、亡きご先祖様を1年に1度ご自宅へお迎えし、皆様と共にお過ごし頂く大変貴重な機会です。

    何かと気忙しい現代社会の中で、様々な伝統行事が縮小され、社会の有様はこの半世紀ほどで急激に変化をして参りました。人同士の繋がりは煩わしいという一面のみが重要視され、弱体化し、生きていく為に必要な資源は、すべて貨幣を通じて得るモノとなりました。未だ、失われた30年から脱却できていないわが国ではありますが、大昔に比べれば、遥かに経済的には豊かになったはずです。しかし現状は、生きる為に必要な資源を、すべて貨幣を通じて得るという社会構造になり、人との繋がりを疎かにしてしまいました。そして今、生きていく為にはいくらお金があっても足りないという現実と、いざ困った時に誰も頼ることが出来ないという“孤独”に、私たちは悩まされています。

    人間一人では生きていけません。今の自分があるのもご先祖様たちがいたからです。同じように、今の自分がいるのは、人間社会で繋がりを持った多くの方がいるからです。お盆にご先祖様に手を合わせるという事は、報恩の心を育む大切な一歩です。どうかその報恩の心を、ご先祖様と共に、この世で縁のあった皆様にもお向け下さい。「繋がりを大切に…」

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  • 春彼岸号2022.03.17

    今年も、ようやく春らしい暖かさを感じる日が増えて参りました。今シーズンの冬は、特に新年を迎えてから冷え込みの強い日が多く、首を長くして春の訪れを待っておりましたので、最近のポカポカ陽気を個人的に非常に嬉しく感じる今日この頃です。

    さて、いよいよ春を迎え、新しい年度のスタートへと心新たに明るく進んで参りたい想いですが、世界へ目を向けると暗い戦争の話題が影を落とします。

    2月24日、ロシアがウクライナへ侵攻を開始し、戦争が勃発しました。ウクライナは、ソ連崩壊とともに独立を果たした国です。ロシアの立場からすると、ウクライナは元々ロシア帝国の一部であり、またソ連時代も一緒だったという観点から、自国の勢力下に置きたいとの考えがあり、ウクライナのNATOへの加盟を阻止する為、戦争を始めたのでしょう。

    日本を始めとした多くの国が、このロシアによるウクライナ侵攻を非難し、ロシアへの経済制裁やウクライナへの支援を行っています。そうしたウクライナ側に就く国々に対し、ロシアのプーチン大統領は核兵器の使用も辞さないと思わせる発言を行い、また、ウクライナ国内にある原子力発電所を攻撃する等、世界中を緊張と恐怖に陥れています。

    お釈迦様の時代にも戦争はありました。お釈迦様はこうした戦争が起こってしまう現実に対し法句経で次のように説かれています。

    「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みのやむことはない。怨みを捨ててこそやむ。これは永遠の真理である。」

    今の私たちが聞いても、その通りだと感じます。第2次世界大戦の後、サンフランシスコ講和会議にて、日本への戦後賠償に対し各国で話し合いが持たれました。その時、セイロン(現スリランカ)代表のジャヤワルダナ蔵相(後の第2代大統領)は、この言葉を引用して日本への賠償請求権を放棄し、当時一部の国々が主張していた日本分割案に反対し、これを退けました。

    怨みを捨てることは、簡単ではありません。実際に自分や自分の大切な人が何か被害にあえば、軽々に怨みを捨てるなんてできるわけはありません。しかし、それでも怨みは怨みしか生まないというのが、お釈迦様の説く心理なのです。

     ならば、現実に生きる我々は、この教えをどう考え実践していけば良いのか。それは、怨みを決して良いものとせず、仏さまのように他をあわれみ、楽しみを与え、苦を取り除く“慈悲”の心を育むことかと思います。1日も早い、戦争の終結をご祈念致します。

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  • 正月号2022.01.01

    早いもので、新たな元号になってから3度目のお正月となりました。龍性院檀信徒の皆様方におかれましては、令和4年の新しい年をご家族ご一同様でご無事にお迎えのことと、心よりお慶び申し上げます。また、旧年中に賜りましたご厚情に対しまして、心よりお礼を申し上げます。本年も、當山護持・発展の為一生懸命尽力して参りますので、ご信援を頂きます様、よろしくお願い致します。

    さて、約2年に亘り、世界中に不安や恐怖をもたらした新型コロナウイルス感染症ですが、我が国に於いては、専門家等が語る様々な要因のお陰なのか、幸いに新規感染者数も少ない状態を維持できております。人々が社会生活を再開する中、今後増減の波はあるかと思いますが、ワクチンに加え、治療法や経口薬の開発が進めば、病気を抑え、社会的不安も和らぎ、コロナ以前の日常を取り戻せる、そんな希望がやっと見えて来たように感じます。

    昔から、「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」と言われますが、人生は必ず楽も苦も伴います。どちらか一方ということはありません。しかし、私たちは幸せのみを願い、苦しいことがあれば、この苦しみが永遠に続くものだと思い込んでしまいがちです。もし、幸せのみの世界だとしたら、私たちはその世界を幸せと感じることが出来るでしょうか?新型コロナウイルス感染症の流行前、私たちは友人と食事に出かけたり、遊びに出かけたり、旅行をしたり、そのすべてが“当たり前”と思っていました。当たり前なのですから、当然そこに感動や有難さを感じる心は生まれにくいでしょう。

    ところが、コロナ禍で私たちの思っていた“当たり前”はいとも簡単に崩れ去りました。従来、私たちが過ごしていた日常は、“当たり前”ではなく“有難い”ものだと気づかされたのです。これは、“コロナ禍”という苦が、今までの日常生活がいかに有難いものかということを私たちに教えてくれたのだと思います。

    幸せのみの世界にいたら決して気づくことの出来なかった幸せ。幸せな人とは、当たり前と思って見過ごしているものの中にある、本当の幸せを受け止める感受性を備えた人なのだと思います。

    間もなく、コロナ禍という長かった苦しみから脱して、元の日常である“楽の世界”に戻れるかもしれません。しかしそれは、コロナ禍という苦しみを経た上で獲得できる“楽の世界”でもあります。苦しみとは、普段私たちが気づかない有難い“楽”を教えてくれるもの。このことを心に刻み、コロナ後は多くの幸せを感受できる心を養いたいものです。

    令和4年が、檀信徒皆様にとって幸多き年となります様、ご祈念申し上げご挨拶と致します。

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  • お盆号2021.08.08

    本年も7月を迎え早後半戦、年々時の過ぎ去るスピードが速く感じられます。特にこの1年半程は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、外出する機会は減り、季節を感じる四季折々の諸行事も中止が相次ぎました。今まで、一年という単位で体感していた時の経過は、単に一日の積み重ねとしての時の経過の様に感じられ、無闇に歳を重ねる日々を送ってしまい、気づいたら一年が終わっていたなんて事に皆様なってはいませんか?

    『日日是好日』という禅語がありますが、そのまま文字通り解釈すれば「毎日が好い日である」と読めるかと思います。しかし、日々を比較してしまえば、失敗したり上手くいかなかった日というのは「悪い日」だと思ってしまいます。では、この“好日”とは何か考えてみますと、他と比べて良い悪いという意味ではなく、それは一日一日がかけがえのない有難い日という事なのかなと私は思います。雨が降り自宅でボーっとしている日も、晴れて外で草むしりをする日も、二度と同じ日は来ない有難い一日です。コロナ禍の終息を願い、命ある限り『日々是好日』と感じる心を養いたいものです。

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