お盆号 | 宗教法人 龍性院 | 埼玉県比企郡吉見町にある”真言宗智山派岩室山龍性院”のオフィシャルホームページ

お盆号
  • お盆号2019.07.19

    本年5月1日、新天皇陛下のご即位にともない、日本は新たな時代〝令和〟を迎えました。そのちょうど一月前の4月1日、官房長官より新元号を〝令和〟と定める旨の発表があり、その出典元や意味にも注目が集まりました。

    ひとつ前の元号である〝平成〟は、中国の歴史書『書経』と『史記』が出典元と言われており、その意味は「国の内外、天地ともに平和が達成される」というものでした。一方、新しい元号〝令和〟は、『万葉集』の一節が出典とされており、国書からの引用は初めての試みでありました。また〝令和〟には「人々が美しく調和し、文化を育む」と言った意味が込められているのだそうです。〝平成〟も〝令和〟も、その意味の中にある深い想いをもって定められた元号なのだと、私は改めて納得をいたしました。

    さて、そんな素晴らしい意味を込めて始まった新時代でしたが、5月19日には山形県東根市で、眼科医の女性が面識のない男子大学生に殺害されるという事件がありました。また、5月28日には神奈川県川崎市多摩区に於いて、小学校へ通学する為にスクールバスを待っていた児童や保護者が次々と刺され、外務省職員の39歳の男性と小学6年生の女児が死亡し、犯人の男も事件直後に自殺するという凄惨な事件もありました。お亡くなりになられた方に謹んで哀悼の意を表します。

    三帰礼文というお経がございます。その冒頭では、「人身(じんしん)受け難(う  がた)し今(いま)すでに受(う)く」とお唱えします。人としてこの世に生を受けることは大変難しいことであるが、今私たちはすでにこの世に生を頂いているのです。この地球上には、私たち人間や動物、植物も含め数限りない命があります。そしてその数限りない命の中で、私たちは人間として命を受けることができました。この命は、過去のご先祖様が私たちに引き継いで下さった宝物なのです。無数のご先祖さまの誰かひとりが欠けたとしても、今の私たちは存在できない、尊く有り難い命なのです。

    新たな時代の始まりと言っても、今日は昨日の明日であって突然大きな変化を期待するのは難しいことかもしれません。しかし、新元号〝令和〟に込められた意味にあるように、人と人がお互いを尊重し親しみを深めることで文化は育まれ、人は成長してきました。私にとっての有り難い命は、他にとっても有り難い命のはずです。新時代にあたり、私たちひとりひとりが今一度命の尊さを見つめ直し、人の命や自らの命を奪うような事件が一刻も早く無くなる様、ご祈念いたします。

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  • お盆号2018.07.10

    厳しい暑さが連日の様に続いております。

    関東地方では6月29日に梅雨明けとなり、統計開始以来、最も早い梅雨明けとなりました。

    気象庁の3か月予報でも、7~9月は全国的に気温が高めとの発表がありました。

    まだ7月前半、9月まで暑いとなると先が思いやられますが、檀信徒の皆様は体調を崩されたりしておられませんか?

    何卒御自愛いただき、暑いと言われるこの夏もお元気にお過ごし下さいます様、ご祈念いたします。

     

    上記の通り、関東地方では平年より20日以上早い梅雨明けに加え、このまま猛暑が続くと水不足に陥る可能性も指摘されております。

    しかし一方、西日本では未曾有の大豪雨により、河川の氾濫や土砂災害等が相次ぎ、報道によれば全国で126名が死亡(平成30年7月9日現在)、また未だ多くの行方不明者がおり、懸命の捜索が続けられております。

    今回の豪雨災害でお亡くなりになった方のご冥福を至心にお祈りすると共に、行方不明者が無事に救出されます様、心から願っております。

     

    日本は災害大国であると、よく言われます。

    龍性院だよりでも、自然災害のニュースを取り上げることが多いと実感いたします。

    一般財団法人国土技術研究センターによれば、世界に於いて、日本の国土面積は0.28パーセントに過ぎないが、全世界で起こったマグニチュード6以上の20.5パーセントが日本で起き、全世界の活火山の7パーセントが日本にあるそうです。

    加えて、四季のある気候から、豪雨や落雷、豪雪等、多くの自然災害に見舞われるのだと思われます。

     

    しかし、そのような厳しい自然環境に身を置いてきた私たちのご先祖様は、人と人が支え合う助け合いの精神を育んで参りました。

    今でも、災害等が発生すれば、多くのボランティアが被災地に赴き、復旧作業や、炊き出しを行ったりして、被災をされた方に一生懸命寄り添う姿を報道で目にします。

    外国で起きた災害等に関しても、日本同様に心を寄せる方が多いなと感じます。

     

    仏教には〝慈悲〟という言葉があります。

    慈悲とは、仏さまが人々の苦しみを取り除き、楽を与えることを言います。

    この慈悲の心は、自分にとって親しい方にのみ持つものではなく、すべての方の苦しみを自らの苦しみとして理解し、その苦しみを癒すものです。

    また、救うものと救われるものにも上下の関係はなく、同じ高さにあるもの同士の心の働きによって生ずるものです。

    自然災害の多い日本人にとっては、災害で苦しむ人の姿はもはや他人ごとではなく、いつ自らに襲い掛かるかもしれないことだったのです。

    ゆえに、その苦しみに同感し、別け隔てなく苦しんでいる方の力になりたいと、素直に思うことができるのではないかと思います。

     

    世界にも、慈悲の心を持った方が、たくさんいらっしゃいます。

    人々の苦しみを我がことと考え、救い救われる世がますます広がりをみせる様、切に願っております。

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  • お盆号2017.07.02

    7月になりました。

    早いもので、平成29年も半分以上の月日が経過したということです。

    この季節らしいジメジメした陽気と共に、一日を通じ時折雨が落ちる、梅雨真っ只中といった日々が続いております。

    檀信徒の皆様には、何卒御自愛いただき、猛暑と予想される今年の夏もお元気にお過ごし下さいます様、ご祈念申し上げます。

     

    さて、今年も後1ヶ月余りでお盆の時期を迎えます。

    お盆の期間(8月13日~16日)はご先祖様をご自宅に迎え、年に1度のご先祖様の里帰りを皆でもてなしたいものです。

    當山では、このお盆期間中の8月14日に毎年恒例の大施餓鬼会(だいせがきえ)を行います。

     

    大施餓鬼会というとわかりにくいかもしれませんが、〝お施餓鬼(せがき)〟と聞くとおわかりになる方も多いのではないでしょうか?

    多くの僧侶が集まり本堂内に読経が響き渡る中、新盆を迎える家族・親族を始め、毎年大勢の檀家の皆様がお詣りをし、ご先祖様に塔婆を上げてご供養をする大変重要な法要です。

     

    そもそもこの施餓鬼とは、お釈迦様の十大弟子のひとり阿難尊者(あなんそんじゃ)の古事に由来したものであり、餓鬼に食べ物を施すことを言います。

    餓鬼とは、死後生まれ変わるとされる六道(①天道・②人間道・③修羅道・④畜生道・⑤餓鬼道・⑥地獄道)の餓鬼道に住んでおり、常に飢えや渇きに苦しみ、例え食物や飲み物を手に入れたとしても口に運ぼうとすると焔に変わってしまう、満たされざるものです。

     

    この餓鬼をさらに、〝無財餓鬼(むざいがき)〟と〝有財餓鬼(うざいがき)〟という2種類の餓鬼に大別することができます。

    無財餓鬼とは、まったく何も口にすることができない餓鬼です。

    上記の通り、たとえ目の前に飲食物があったとしても、食べようとすると発火し食べることができないのです。

     

    一方、有財餓鬼とは食事をとることができる餓鬼を言います。

    有財餓鬼は、不浄なるものを少量口にできる〝少財餓鬼(しょうざいがき)〟と、多くのものを飲食できる〝多財餓鬼(たざいがき)〟とにさらに分別をされます。

    多財餓鬼に至っては、多くの食事がとれるばかりでなく、六道の天道にも行くことができる恵まれた餓鬼なのです。

     

    ただし、無財餓鬼にも多財餓鬼にも共通しているのは、満たされざるものであるということです。

    食事をまったくとれない無財餓鬼はもちろんのこと、たくさんの食事ができる多財餓鬼もけっして満腹にはなれないのです。

    このような恐ろしい餓鬼の世界ですが、それでは私たちが生きている世界はどうでしょうか?

    食事をとれないくらい貧しい方は、世界を見渡せばたくさんいらっしゃいます。

    また、多くの食事や快適な生活に恵まれながらも、けっして満足できない満たされない方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか?

    餓鬼の住む恐ろしい世界は、今を生きる私たちのすぐ身近にあるものなのです。

     

    さて、説明が長くなってしまいましたが、施餓鬼とはこの満たされざるものに食べ物を施し救う為の法要です。

    あらゆる餓鬼に施しを与えることにより自らの心を養い、その功徳が施主や今は亡き先祖に及ぶものなのです。

    私たちの心には、多少なりとも餓鬼の心は存在します。

    しかし、その心に支配をされてしまっては、私たちは完全な餓鬼道へと堕ちてしまうでしょう。

    そうならない為にも、施しのこころを学び、仏様の心に近づけるよう精進したいものです。

    皆様の、大施餓鬼会へのご参詣をお待ちしております。

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  • お盆号2016.07.10

    はっきりとしない雲の多い日が続いております。

    もっとも、梅雨の季節でありますし、それが当然と言えば当然なのでしょうが。

    しかし、梅雨といっても今年はあまりまとまった雨は無く、利根川上流にあるダムの貯水率は軒並み平年を下回っており、1992年の観測開始以来最低の貯水量と言われております。

    関東地方では、1994年にも雨が少なく水不足となり、東京で渇水対策本部が設置され、取水制限も最大で15%行われました。

    今年も今後の雨量次第では、取水制限が実施され、給水制限や、もしかすると断水ということもありえるかもしれません。

    水を無駄にせず、大切に使うことを今から心がけておく必要があるかもしれませんね。

     

    私たちは普段生活をしている中で、水を飲みたい時、トイレに行きたい時、お風呂に入りたい時、いつでも当たり前に水を使えると思っております。

    今年も水不足と騒がれてはいても、まだ今の時点(7月10日現在)では、蛇口を捻れば普通に水は出ますし、生活に何ら支障をきたすことはありません。

    しかし、このまま雨がダム近辺にあまり降らないと、いよいよ給水制限や、最悪の場合、断水もありえるわけです。

     

    そうなると、私たちの生活にも支障が出て参ります。

    トイレに行っても時間によっては水を流すことも出来なくなるかもしれません。

    お風呂に入りたくても、シャワーが出なくなるかもわかりません。

    のどが渇いても、水を飲めないかもしれません。

    水が不足するということは、実に恐ろしいことなのです。

     

    しかし日本に於いては、とりわけ関東地方に於いては、水が不足するというのはそう頻繁に起こるものではありません。

    ですから、どうしても私たちは普段、水があるのは当たり前と思ってしまうわけです。

    ですが、一度雨が降らなくなれば、私たちが当たり前と考えていることは、あっという間に覆されてしまいます。

    当たり前に過ごしている日常さえ、当たり前で無くなってしまうのです。

    そう、この世の中には当たり前のことなんて無いのだと思います。

     

    それでは、当たり前のことが無いとなると、この世の中はいったいどんなものなのか、どう考えるべきなのかと皆様思われるのではないでしょうか。

    私は、当たり前の対義語の意味する言葉で表すことができるのではないかと思います。

    それは、〝有り難い〟という言葉です。

     

    〝有り難い〟という字は、「有ることが難しい」とも読むことができます。

    私たちが日常当たり前だと思って過ごしているこの環境は、すべて有り難いものなのです。

    ですから、当たり前のことは無いのですから、毎日をいつも通り普通に過ごせるのも実は本当に有り難いことなのです。

     

    仏教では、すべてのものに感謝する心を養うということを大切にします。

    それは、私たちが幸せに生きていく為には、すべてのものに感謝する心が必要だからです。

     

    いつも通り、朝無事に目が覚めて、いつものように朝食を食べ、仏壇に手を合わせ、学校や仕事に出かけ、夜になれば家に帰り、お風呂に入りフカフカの布団で眠る。

    こういった日常を、すべて〝有り難い〟と心で思えたなら、感じることができたならば、それはどんなに幸せなことでしょう。

     

    どうか、これからお盆を迎えるにあたり、龍性院檀信徒の皆様におかれましては、すべてのことに感謝する心を育んで頂き、心安らかに日々をお過ごし頂けますと、幸甚に存じます。

     

    これから暑い日が続くと思われますが、くれぐれも体調に留意して頂き、お盆には元気な姿でお会いしましょう。

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  • お盆号2015.07.10

    梅雨真っ最中といった感じで雨天が続き、ジメジメと湿度の高い鬱陶しい今日この頃でございます。

    それでも、例年であればエアコンを連日使用することもめずらしくはないこの時期ではありますが、(7月10日現在ではありますが…)我が家ではまだほとんどエアコンを使用せずに過ごせております。

     

    天気予報でも、今年の夏の冷夏の可能性を指摘する予報士の方もいらっしゃいましたし、作物などへの影響を考えると、涼しく過ごしやすいと喜んでばかりはいられないのかもしれません。

    龍性院檀信徒の皆様におかれましては、ご自身の体調に気を配り、心も体も健康にこの夏をお過ごし下さいますよう、お願い申し上げます。

     

    さて、本年平成27年は、我が国も含めた世界各国にとって戦後70年の節目の年であります。

    国内の仏教団体等でも、戦没者の鎮魂、世界の恒久平和を願い、様々な個所で慰霊法要が計画され、また、勤修されております。

    戦後70年が経過していると考えますと、戦争の記憶を鮮明に覚えていて、直に当時のことをお話できる方も、高齢となり少なくなってきております。

    しかし、どれだけ時が経とうとも、戦争の恐ろしさや悲惨さは、風化させることなく後世に伝えていかなくてはならないと感じております。

    先の第二次世界大戦では、日本人だけでも民間人も含め310万人、全世界では実に8000万人の尊い命が失われました。

    ドイツの現在の推計人口がおよそ8200万人程度ですので、大国が丸々一カ国消滅するほどに多くの方が当時戦争の犠牲になったのです。

     

    おそらく檀信徒の皆様方のご家族やご親族の中にも、戦争で大切な人を失ったという方がいるのではないでしょうか?

    当時の日本の人口が7400万人程だったそうですので、およそ24人に1人の日本人が戦火に倒れたという事なのです。

    今現在の豊かで平和な日本に暮らしておりますと、70年前に悲惨で恐ろしい戦争があったことなど忘れてしまいそうになります。

    しかし、現在の我々が享受している平和は、先の戦争に於いて志半ばで散華された方々の上に成り立っております。

     

    世界に目を向けますと、悲しいことですが、依然として中東ではイスラム国を中心として様々な紛争が続いておりますし、大戦後から現在に至るまで、日本では戦争はありませんでしたが、世界では数度の戦争により多くの命が奪われて来ました。

    日本も含め世界の戦没者が願うのは、悲惨な戦争が無くなり、自分の家族や友人、大切な人が笑顔で暮らせる世の中を作り上げ、そんな平和な世の中をいつまでも守り続けて欲しいということではないかと思います。

     

    仏教には〝和顔(わげん)愛語(あいご)〟という言葉があります。

    和やかな顔で思いやりのある言葉を相手にかけると、相手もまた和やかな気持ちになれるという、布施行のひとつです。

    〝布施〟というと物やお金を連想してしまう方も多いですが、布施には〝財施〟と〝法施〟があり〝法施〟はお金や物を持たない方でもできる布施行なのです。

    国際関係となると、お互いの国が利益を守らなければなりませんし、簡単なことではありませんが、世界各国、すべての人間同士が、この〝和顔愛語〟を実践できれば、絶対に戦争は起こらないと私は思います。

     

    戦後70年の節目を迎え、今を生きる我々や世界各国の人々は、二度と戦争をしないと心に誓い直し、平和な日本、平和な世界を守り、作り上げていきたいものです。

    今年も間もなくお盆がやって参ります。

    檀信徒の皆様には、ご先祖様と共に、先の大戦で散った護国の英霊、戦没者の方々へも慰霊の想いを寄せて頂き、『平和』について再考する契機として下さればと存じます。

    現代人が今一度『平和』について深く考えることが、戦没者の方々への供養になるのではないでしょうか。

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